今回のコラムでは、志多田研究員が取り組んでいる研究内容についてご紹介致します。
熊本県内土壌中の破傷風菌の分布調査と分離菌の細菌学的、遺伝子学的解析
【背景・目的】
破傷風はClostridium tetaniによって起こる感染症で、偏性嫌気性グラム陽性桿菌の太鼓のばち状と呼ばれる形態で土壌中に常在しています。菌は大気中に芽胞といわれる胞子によって守られ、熱や乾燥、アルコールなどに耐性です。創傷感染によって菌が体内に入ると酸素のない嫌気的環境下で発育し、毒素を産生します。感染による主な症状は、舌のもつれや開口障害で、その後全身へ移行し、重篤な場合は呼吸筋の麻痺によって死に至ります。
全国の破傷風患者はおよそ100件前後で、死亡者数は平均10件の報告です。国内では生後3か月から2歳までに4回の接種で基礎免疫を獲得し,11-12歳時の接種で追加免疫を獲得します。これにより40歳まで抗体保有率を約80 %高く持続しますが、50歳代から減少し、発症防御レベルと考えられる0.01 IU/mL以上の破傷風抗体保有率は50歳代前半で50%以下、後半で30 %以下と低下しています(図. 1)。また、自転車の転倒や交通事故による感染が一般的と言われていますが、日常の些細な外傷や感染部位が特定できない症例もあります。災害による感染も報告されており、2011年3月に発生した東日本大震災では9症例の感染患者が報告され,患者の年齢はすべて50歳以上でした。ワクチンが普及している現在も感染患者が発生している要因として、高齢者のワクチン未接種や成人の抗体の低下があげられます。
熊本県内の破傷風患者報告数は年間に0-6例です。全国と同様に50歳以上の患者数は90%以上です。また、2000-2020年の人口10万人あたりの報告数は九州が特に多く、熊本は年間で約3-4人の報告数でした。破傷風はどの地域でも感染する可能性があります。特に50歳以上の成人への感染リスクは高いため、本研究では県内の破傷風菌分布調査をおこない感染リスクを科学的に証明することを目的としました。
【方法】
土壌の採取は、熊本県内の任意の場所から1か所につき地表面と10cm下層の土壌を採取し、クックドミート培地に添加後、80℃、60℃の処理後および非加熱の条件で37℃ 2-3日培養しました。培養菌液を用いて以下の試験をおこないました(図. 2)。
1. 細菌学的試験:各培養菌液は血液寒天培地に接種し37℃で嫌気培養し、培地表面を遊走した先端をグラム染色、特徴的なフィラメント状の長桿菌を確認(遊走の先端を採取する場合、他の菌が覆いかぶさっているときは寒天濃度を4%と高くすることで単一コロニーとして単離した)
2. 生化学的試験:嫌気性菌の簡易同定キット(ラピッド32A Api)を用いた同定
3. 遺伝学的試験:PCRによる破傷風毒素遺伝子の確認
4. 免疫学的試験:培養菌液をマウスの左大腿内側皮下に接種し、破傷風毒素による強直性の麻痺、死亡が確認と破傷風抗毒素の添加による毒素の中和試験
さらに1-4で分離・同定された菌株について、以下の5-8の細菌学的、遺伝学的試験をおこないました(図. 3)。
5. 遊走能の測定:破傷風菌は寒天培地上を遊走する特徴的な菌のため、血液寒天培地にろ紙を置き、培養菌液を滴下し、ろ紙末端から遊走した先端までの距離を定規を用いて測定
6. 溶血活性:希培養菌液にヒツジ血液を添加し、37℃で反応後、遠心し、その上清の吸光度を測定
7. 抗原量の測定:破傷風毒素特異抗体を用いた1step-ELISA(サンドイッチ法)を当講座で構築し測定
8. ゲノム解析:次世代シークエンサーでゲノム解読し、共通するゲノム領域を特定後、そこからみられる塩基変異をもとに分子系統を比較・解析
【結果】
県内32ヶ所の採取場所のうち23か所で破傷風菌を検出(71.8%)(図. 4)し、69株を分離・同定しました。また、臨床株を合わせた70株を用いて3つの細菌学的試験(遊走能、溶血活性、抗原量)をおこない、結果を比較しましたが菌株による共通性はありませんでした。(図. 5)また、ゲノム系統解析は過去の報告でClade1とClade2に分類されていましたが、今回の熊本で分離された70株を合わせた113株を比較分析した結果、Clade1で4つに細分化され(図. 5)、ELISA抗原量の値と分子系統解析の関係は、Clade1-3に属する菌株が総じて高く、黄色「★」で示す8株は特に高値であり相関性が認められました。さらに、Clade1-2の1株でテトラサイクリン耐性遺伝子が検出されたため、薬剤感受性試験を実施し、他株と比べ耐性であることを確認しました。
【まとめ】
熊本県内土壌から任意に採取した破傷風菌は過去の分布調査報告に比べて高い分離率となりましたが、この結果は熊本だけの特徴ではなく分離方法・条件を熟慮して実施した成果であるといえます。また、ELISA抗原量では菌株によって破傷風毒素産生に差があることが分かり、ゲノム解析結果では毒素遺伝子がClade1-3に高値を示し、双方の相関性が確認されました。以上の結果から、熊本県内の限定的な地理条件でも異なる由来の破傷風菌が分布していることが示されました。破傷風菌分布調査は他の地域においても同様に分離が可能です。日常生活の感染リスクは高いと考え、成人へのワクチン接種が必要であるといえます。
今後も啓蒙活動をおこないながら、まずは熊本県内の感染者数「ゼロ」を目指したいと考えています。