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2022-02-08 生物毒素・抗毒素

乾燥ヤマカガシウマ抗毒素の試作製造とその品質試験成績

ヤマカガシ(Rhabdophis tigrinus)は東アジアに広く分布するナミヘビ科の毒蛇で、日本でもヤマカガシ咬傷事故の重症例が稀に認められ、中には死に至る場合もある(図1)。

△図1 ヤマカガシ(Rhabdophis tigrinus)の外観(厚生労働科学研究費補助金「医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究事業」下の研究班で作成されたパンフレット「ヘビの判別と毒蛇咬症の診断、2012年」からの引用)

 

過去に蛇族学術研究所の研究者らが中心となりウサギやヤギの抗毒素血清が研究目的で試作製造された。ヤマカガシ咬傷で全身性の出血傾向が強い患者の治療に用いたところ、咬傷部位を含めた全身性出血の改善や出血・凝固に係わるフィブリノーゲン値などの血液検査値も正常に戻り、他の薬剤では認められない有効性が確認された(表1)。

 

▽表1 過去のヤマカガシ咬傷例

 

しかし、当時の薬事法下での医薬品の承認制度に従った品質確認としての安全性と有効性の試験は行われておらず、その製造記録はなく今後の使用を考えると長期保管による品質の低下も懸念された。我々はハブ、マムシ咬傷の治療薬である抗毒素製剤の近代的な製造技術に加え、品質管理の知識と手法も利用して、ウマを用いたヤマカガシ抗毒素の試験製造を試みた。健康な約500匹のヤマカガシからドウベルノイ腺を摘出しヤマカガシ毒を抽出した後(図2)、ホルマリンで不活化してアジュバントと結合し、2頭のウマに複数回注射した(図3、4)。

△図2 ヤマカガシの毒腺摘出

 

 

△図3 従来法によるウマ免疫でのヤマカガシ抗毒素価の上昇(No.1313)

 

△図4 リポソーム処理抗原によるウマ免疫でのヤマカガシ抗毒素価の上昇(No.1319)

 

 

抗毒素価の上昇を確認した後に採血し血清を採取し、市販のウマ抗毒素製剤に準拠した方法で血清を精製し免疫グロブリン画分を得た(図5)。

 

△図5 ヤマカガシ抗毒素の製造工程図

 

精製した抗毒素は、セルロース・アセテート膜電気泳動および免疫電気泳動を行った結果、アルブミンを含まず免疫グロブリンを主成分とする高度に精製された抗体であることが確認された(図6、7)。

△図6 ヤマカガシ抗毒素のセルロース・アセテート膜電気泳動

 

△図7 ヤマカガシ抗毒素の免疫電気泳動

 

この精製抗毒素を至適条件下で凍結乾燥し、2000年に乾燥やまかがしウマ抗毒素(Lot 0001)1,369本を作製し、緊急時の健康危機管理の観点から臨床研究の枠内での使用を前提に備蓄を行った(図8)。

△図8 乾燥やまかがしウマ抗毒素(Lot 0001)

 

この抗毒素はヤマカガシ毒に含まれる血液凝固活性および出血活性を強く中和し、本剤1本は少なくとも約4mgのヤマカガシ毒を中和することが確認され、実験動物を用いた試験において高い効果が示された。また、市販のウマ抗毒素製剤に準じた品質試験を行い、安全性面での品質も確認した(表2)。

 

▽表2 乾燥やまかがしウマ抗毒素(Lot 0001)の品質試験成績

 

その後、重篤なヤマカガシ咬傷例の発生に際して医師と患者の同意のもとに抗毒素を使用した結果、顕著な有効性が確認されている。このヤマカガシ抗毒素(Lot 0001)は、2020年に製造後20年を迎えることから、ほぼ毎年、品質管理試験を実施し安全性と力価の確認を行っている(表3)。

 

▽表3 乾燥やまかがしウマ抗毒素(Lot 0001)の安定性モニタリングの試験成績

 

理化学試験(性状・含湿度・不溶性異物・浸透圧比・pH・たん白質含量・エンドトキシン含量・無菌)では、製造直後の成績と比較し大きな変化を認めず、規格内の成績であった。安全性面からの動物試験(異常毒性否定・発熱)でも、保存期間中で成績に変化はなく、異常は認められなかった。製剤の効果を調べる力価試験(抗凝固活性)でも、製造直後の力価が充分保持されていた。また、製造から17年後の2017年7月に福岡県と兵庫県で発生した2例の重症ヤマカガシ咬傷患者に抗毒素が使用され、その救命に寄与した(図9は福岡県の一例)。これまでの安定性モニタリングの試験結果を受け、製造から20年を経過した現時点でも本剤は安定であることが示された。

 

上記コラムの内容は、以下2報の論文より引用した。

Experimental Manufacture of Equine Antivenom against Yamakagashi (Rhabdophis tigrinus)

Japanese Journal of Infectious Diseases, 64, 397-402, 2011.)https://www.niid.go.jp/niid/JJID/64/397.pdf.

Kazunori Morokuma1, Norihiro Kobori1, Tadashi Fukuda2, Tetsuya Uchida2, Atsushi Sakai3, Michihisa Toriba3, Kunio Ohkuma1, Kiyoto Nakai4, Takeshi Kurata2,5, and Motohide Takahashi2

1.Chemo-Sero-Therapeutic Research Institute (KAKETSUKEN), Kumamoto, Japan,

2.National Institute of Infectious Diseases, Tokyo, Japan,

3.Japan Snake Institute, Gunma, Japan,

4.Pharmaceutical and Food Safety Bureau, Ministry of Health, Labour and Welfare, Tokyo, Japan,

5.Toyama Institute of Health, Toyama, Japan

 

Evaluation of the stability of Yamakagashi (Rhabdophis tigrinus) Equine Antivenom after 20 years storage

Tropical Biomedicine, 38, 111-118, 2021.)https://secureservercdn.net/72.167.241.180/114.7f7.myftpupload.com/files/Vol38No2/tb-38-2-042-Morokuma-K.pdf

 

Morokuma, K.1,7*, Matsumura, T.2, Yamamoto, A.3, Sakai, A.4, Hifumi, T.5, Ato, M.6, Takahashi, M.7

1.Kikuchi Quality Control Department, KM Biologics Co., Ltd., Kumamoto, Japan,

2.Department of Immunology, National Institute of Infectious Disease, Tokyo, Japan,

3.Department of Biosafety, National Institute of Infectious Diseases, Tokyo, Japan,

4.The Japan Snake Institute, Gunma, Japan,

5.Department of Emergency and Critical Care Medicine, St. Luke’s International Hospital, Tokyo, Japan,

6.Department of Mycobacteriology, National Institute of Infectious Diseases, Tokyo, Japan,

7.Toxin and Biologicals Research Laboratory, Kumamato Health Science University, Kumamoto, Japan

2022.02.08 諸熊 一則