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2021-10-20 ボツリヌス毒素

ボツリヌス患者の治療に用いる抗毒素について vol.2

2021-10-20 生物毒素・抗毒素

ボツリヌス患者の治療に用いる抗毒素について vol.2

前回のコラムに続き、ボツリヌス患者の治療に用いる抗毒素について、今回のコラムでは国内ボツリヌス製剤の治療効果に関する調査結果について説明する。

 

国内ボツリヌス製剤の治療効果調査

 抗毒素療法の有用性については、国内で抗毒素を導入後50年に亘る期間を回顧的に解析した、食中毒患者治療の症例調査研究(1)があるため、概要を紹介する。

 

  1. 症例調査

 調査には全国の衛生研究所の所内報、1998年~2000年厚生労働省抗毒素研究班「ボツリヌス症の手引き」とその引用文献、及び国立感染症研究所が発行する病原微生物検出情報(IASR)を用いた。日本国産のボツリヌス抗毒素製剤が国内に配備された1962年から2014年までの52年間におけるボツリヌス抗毒素使用症例を抽出し、134例の抗毒素使用症例が確認された。

 これらの症例について、患者の背景(性別及び年齢)、症状(症状の詳細、重篤度、転帰、生存の有無)、食中毒の原因となった毒素の血清型、投与した抗毒素の種類及び抗毒素投与量、抗毒素療法による症状改善の有無及び抗毒素使用による副反応の発現状況をまとめた。

 

  1. 症例分類と有効性の評価

 症例分類をFigure 1に示した。ボツリヌス抗毒素を使用した全症例をgroup Iとし、抗毒素療法の有効性評価に適格と判定された症例群をgroup IIとし、治療効果が明記された症例群をgroup IIIとした。

 安全性の評価は、ボツリヌス抗毒素を使用した全症例(group I)を対象とした。有効性の評価は2つの指標(致死率及び症状の改善率)を用いて実施した。まず、ボツリヌス食中毒の原因毒素の血清型と抗毒素の血清型が合致しなかった2例、ボツリヌスの発症は認められないが予防的に抗毒素を投与された4例、及び患者の転帰が不明であった1例の計7例を抗毒素療法の有効性評価に不適格と判定された症例として除外し、残る127例(group II)について致死率を指標とした有効性評価を行った。さらに抗毒素療法の効果が明記されていない60例(group II)を除外し、治療効果が明記された67例(group III)について症状の改善率を指標とした有効性評価を行った。また、重篤な症例における抗毒素療法の有効性の評価を行った

 

  1. 解析と統計処理

 それぞれのgroupについて、副反応発現率、致死率および症状の改善率をまとめた。また、いくつかの観点から症例をカテゴリー分類し、ピアソンのカイ二乗検定(Pearson’s chi-squared test)を実施した。分類された症例数が5以下の場合はカイ二乗分布による近似が正確ではないため、一部はフィッシャーの直接確率検定(Fisher’s exact test)を実施した。

 

  1. 結果

 安全性

 安全性評価の結果をTable 1に示した。抗毒素療法が行われた合計134例における副反応発現は約1.5%にあたる2例であり、いずれも致死的な副反応ではなかった。これらの副反応発現はボツリヌスB型菌の食中毒患者のみに発生しており、A、B及びE型菌の間で発現率に統計的有意差が認められた。その他のカテゴリーでは有意差は認められなかった。副反応の発現した2例のうち、1例は、抗毒素による治療開始から7日目の追加投与の際に即時型のアレルギー反応が見られた。もう1例では、投与から6日後に皮疹や関節痛等の副反応が現れ、血清病と診断された。

 

 有効性

 症例分類したgroup II、III、及び重篤な症例における有効性を、それぞれ評価した。

1) group II及びIIIにおける有効性評価

 group II及びIIIにおける有効性評価の結果をTable 2に示した。group IIの127例中、生存が115例、死亡が12例であり、致死率は9.4%であった。性別による分類において、男性は致死率が高い傾向が認められ、男女間で統計的に有意な差が得られた。その他のカテゴリーについては統計的有意差が認められなかった。group IIIの67症例中、症状の改善が認められたのは52例、改善率は77.6%であった。改善率はボツリヌスA型で低い傾向が認められた。抗毒素の種類及び投与量も含め、その他の因子については改善率との関連性は認められなかった。生存例と死亡例、及び改善症例と非改善症例とで、患者の平均年齢を比較したが、いずれも差は認められなかった。

 

2) 重篤な症例における有効性評価

 重篤であった全症例68例(文献中に重篤であった旨の記載が有った症例、患者が死亡した症例、及び症状に呼吸困難あるいは呼吸障害が認められた症例)における有効性評価の結果をTable 3に示した。生存56例、死亡12例であり、致死率は17.6%であった。死亡した症例を全て重篤と判定したため、group IIの致死率と比べて高値を示した。group II同様に、男性の致死率が高かった以外、特定の因子と致死率の関連性は認められなかった。

 重篤であった症例で抗毒素の効果について明記があった37症例において、症状の改善は28例で確認され、改善率は75.7%であり、改善率はgroup IIIとほぼ同じ値であった。重篤であった症例においても、ボツリヌス菌血清型では改善率に統計的な有意差が認められたが、その他のカテゴリーと改善率に関連性は認められなかった。

 

 日本国産のボツリヌス抗毒素製剤を使用したボツリヌス症例について安全性と有効性の回顧的な分析として、確認された134例のボツリヌス抗毒素使用症例について行っている。抗毒素使用症例において副反応の発現は2例(1.5%)が確認されたが、いずれも致命的ではなかった。抗毒素使用症例における致死率は9.4%(生存率は90.6%)であり、抗毒素治療による症状の改善率も70%以上であり、通常のボツリヌス症の臨床像に比べ明らかに症状が良好であるという結果を導いている。

 

2021.10.20 髙橋 元秀

 

【引用文献】

1.Keita Mottate et al., Retrospective survey to evaluate the safety and efficacy of Japanese botulinum antitoxin therapy in Japan. Toxicon. 110:12-8. 2016