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2022-09-28 生物毒素・抗毒素

日本国内におけるセアカゴケグモ咬傷と抗毒素

今回のコラムは、国立感染症研究所 安全実験管理部の山本明彦先生にご寄稿いただきました。
セアカゴケグモは熊本でも確認されており、2022年9月にはセアカゴケグモの仲間であるハイイロゴケグモも初めて確認されました。

 


日本国内におけるセアカゴケグモ咬傷と抗毒素

 

山本 明彦 国立感染症研究所 安全実験管理部

1.セアカゴケグモ咬傷について

 セアカゴケグモ(Latrodectus hasseltii:図1)は、ヒメグモ科に分類される雌のみ有毒の体長1cmほどの小型のクモの一種である。和名は、「背中の赤いゴケグモ」の意味で東アジアからオーストラリア、南太平洋諸国まで広く分布する。日本国内には生息していなかったが、1995年9月に大阪府高石市、次いで三重県四日市市の埋立地で発見されて以降、生息地域を全国に拡大し2019年8月現在秋田県、青森県を除く全国に分布している(図2:参照1)特定外来生物である。筆者はこのセアカゴケグモ咬傷を含めた抗毒素関連の研究班員として関わった経緯から日本におけるセアカゴケグモ咬傷と抗毒素について概説する。

 セアカゴケグモの攻撃性はないが、ヒトの生活環境の近くに生息し、側溝の内部、その金属製の蓋の隙間、宅地の水抜きパイプの内部、フェンスの基部、花壇のブロックの内部など巣を作る隙間があり、日当たりがよく、暖かく、餌となる昆虫のいる所に巣を作り繁殖し、触ると咬まれることがある。セアカゴケグモ咬傷は咬まれた局所の症状とその後ごく一部に起きる全身症状に分別できる。局所症状として、咬まれてから5~60分の間に局所痛として現れ、次第に痛みが増強する。時間と共に痛みが咬まれた四肢全体に広がり、最終的には所属リンパ節に及ぶ。これに要する時間は30分~数時間である。局所の発汗も起こり、しばしば熱感、掻痒感も伴う。また、全身症状としては、症状発現は徐々に進行し12時間以上かかることが多い。重症になるのは小児、高齢者、虚弱体質の者で、主要な全身症状も痛みである。全身の筋肉の弛緩が起こるが、麻痺にまで至ることは稀である。他の主要な症状としては、嘔気、嘔吐、発熱、不眠症、めまい、頭痛、全身の発疹、高血圧、下痢、喀血、呼吸困難、排尿困難、重度の開口障害、食欲不振、眼瞼浮腫、全身の関節痛、全身の震え、不安感、羞明、流涙、精神異常、徐脈や頻脈、括約筋のけいれんに続いて起こる尿閉などである。

 

2.セアカゴケグモ抗毒素による治療

 国内でのセアカゴケグモ生息地の拡大と咬傷事例の増加は、幅広い年齢層での咬傷機会の拡大を示す。咬傷時に重症になった場合、全身症状と激しい痛みを伴う、また、外来の毒性生物が身近な環境に生息域を広げ、刺されると大変痛く重症例もあることから国民の不安が大きい。この状況を受けて、2013年度に発足した厚生科学研究とAMED研究費「抗毒素の品質管理及び抗毒素を使用した治療法に関する研究」:一二三亨研究代表者(聖路加国際大学)では、臨床研究としてセアカゴケグモウマ抗毒素の輸入と抗毒素の使用時の副反応対策としての保証体制の整備、咬傷発生時のスムースな抗毒素輸送の検討と備蓄場所の検討等の検証・研究が行われた(参照7)。セアカゴケグモ咬症例は、1996年以降99例が大阪府内で公表されているが、そのうち抗毒素血清を使用した例は2009年から13年までの6例であった(図3、参照5)。死亡例はなく、重症化は少ないというオーストラリアからの報告と同様であった(参照2, 6)。蔓延国であるオーストラリアでは年間数百例の咬傷例が報告されているが、死亡例は抗毒素が開発された1956年以降報告されていない(参照2, 6)。セアカゴケグモ毒素で人に毒性を示す成分は分子量13万のα- latrotoxinで、神経細胞に作用しアセチルコリンやカテコールアミン等の神経伝達物質を放出させることで様々な症状が現れる。この毒素は抗毒素によって中和可能である(参照3, 4)。通常、必ずしも咬傷者すべてに抗毒素治療の適応がある訳ではない。軽度な局所症状または疼痛には投与の必要がなく対症療法で十分である。我が国では抗毒素の投与基準が決まっていないため、以下の3点のオーストラリアでの基準を参考に投与の可否判断をする。1)セアカゴケグモ咬傷後に鎮痛剤で痛みが緩和しない場合、2)何回も鎮痛剤が必要な場合、3)全身症状を呈し、或いは今後全身症状を呈すると考えられる明らかな臨床上のエビデンスがある場合。

 研究班による全国調査で我が国における近年のセアカゴケグモ咬傷において、大規模病院を受診した咬傷患者の約3 分の1 が全身症状を呈し,そのような患者に対して抗毒素が投与され,症状の改善が認められたことが明らかになった(参照4)。これを得てセアカゴケグモ咬傷への対策として、研究班がオーストラリアCSL社製セアカゴケグモウマ抗毒素を医師による個人輸入で一定数購入し、咬傷事例が起きた場合はその治療薬として提供する体制を確立した。

 

3.おわりに

 環境省指定特定外来生物であり、国内で初めて発見されてから25、6年でほぼ全国にその生息域を広げたセアカゴケグモの咬傷重症例に対応するために、研究班では2019年度より代表者の交代はあったが、セアカゴケグモ抗毒素を輸入し、抗毒素治療のための配布体制を継続して維持している。

 しかし、頼みの綱の海外製品のセアカゴケグモ抗毒素製剤は医師による個人輸入にて辛うじて備蓄されている状況である。ここで、海外からの国内未承認薬である抗毒素製剤の調達は決して安定的ではなく、2年間という短い使用期限が近づくたびに輸入先を探して綱渡りのような供給ができているに過ぎない。

 最も安定な体制としては国内製造の抗毒素の使用であるが、セアカゴケグモ咬傷は著しい希少疾病であり、ヒトを用いた臨床試験の実施は事実上不可能な抗毒素製剤を承認薬として上梓するには、責任製造会社とその承認部署であるPMDA、厚生労働省の密接な協議が必要で、この点は現在も続く研究班の検討課題となっている。

 

図一覧

 

図1セアカゴケグモの雌

2014年度AMED報告書より


図2. 日本国内のセアカゴケグモ分布

環境省ホームページより


図3. 大阪府におけるセアカゴケグモ咬症患者の年別発生数

大阪府発表資料よりグラフ作成


参照資料

  1. 昆虫情報処理研究会HP (https://www.insbase.ac/xoops2/modules/xpwiki/)
  2. Isbister GK, White J. Clinical consequences of spider bites: recent advances in our understanding. Toxicon. 43, 477-492, 2004.
  3. Kobayashi M. et al., Reactivity of an antivenom against the red-back spider, Latrodectus hasseltii, to venom proteins of two other spiders of Latrodectus introduced to Japan. Med. Entomol. Zool. 49, 351-355, 1998.
  4. Hifumi T. et al., A national survey examining recognition, demand for antivenom, and overall level of preparedness for redback spider bites in Japan. Acute Medicine & Surgery, 18, 310-314, 2016.
  5. https://www.pref.osaka.lg.jp/kankyoeisei/seaka/jiko.html
  6. Isbister GK, Gray MR. Latrodectism: a prospective cohort study of bites by formally identified redback spiders. Med J Aust. 179, 88-91, 2003.
  7. 平成26年度厚生労働科学研究費補助金 抗毒素の品質管理及び抗毒素を使用した治療法に関する研究 総括・分担報告書
  8. 環境省外来生物対策室 「セアカゴケグモ・ハイイロゴケグモにご注意ください」https://www.env.go.jp/nature/intro/4document/files/r_gokegumo.pdf