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2021-10-15 ボツリヌス毒素

ボツリヌス患者の治療に用いる抗毒素について vol.1

2021-10-15 生物毒素・抗毒素

ボツリヌス患者の治療に用いる抗毒素について vol.1

 本年7月30日の複数の電子版新聞で、ボツリヌス食中毒発生の報道があった(1)。事例の内容は7月16日に親子4名が原因食と疑われる白米または総菜を食べ、翌日17日に両親が発病し、子供達は19日に発病している。報道に先立ち29日に熊本県ホームページには、密封包装食品によるボツリヌス食中毒への警戒が示された(2)。また、8月2日には熊本市ホームページに県内でボツリヌス食中毒が発生し、真空パックなどの密封食品によるボツリヌス食中毒に注意するような連絡が掲示された(3)。行政から発出された内容は、本件の原因食には密封食品が関与しているようにも受け止められる。その後、原因食の特定、分離菌の型別・毒素型、抗毒素治療や患者の回復等の調査結果は、今日まで公開されていない。公衆衛生、食品衛生面から情報の開示を期待する所である。

 本例に先立ち、熊本県では2012年6月にボツリヌスA型菌によるボツリヌス症が発生したが、患者は抗毒素投与の甲斐もなく死亡した(4)(5)。患者は6月14日に発症し、20日に採取された糞便からは2.0×105cfu/gのボツリヌス菌が検出されている。通常のボツリヌス食中毒は、食品中で汚染したボツリヌス菌芽胞の発育・増殖にともない産生された毒素を喫食することで発病する。乳児ボツリヌスの感染経路のように、成人の腸管内で菌が増殖する事例は国内でも数例確認されている。本件は患者の腸管内の正常細菌叢が何かの理由でかく乱された状態にあり、菌によって汚染した食品等を喫食して腸管で二次増殖が起こったことで、発症後6日後でも高率な菌が分離されたと考えられる。このような非典型的な感染経路により継続的に毒素が吸収されている場合の治療では、抗毒素も効果を発揮できなかったと推定される。

 

ボツリヌス症の分類

 米国CDCでは、Infant botulism乳児ボツリヌス)、Wound botulism創傷性ボツリヌス)、Foodborne botulism食性ボツリヌス)、Iatrogenic botulism医療原性ボツリヌス)、Adult intestinal toxemia成人の腸管内菌増殖性ボツリヌス)の発生経路別の5種類に分類されている(6)。国内では、病態からボツリヌス食中毒(食餌性ボツリヌス)、乳児ボツリヌス症、創傷ボツリヌス症、成人腸管菌定着ボツリヌス症の4型の分類となっている(7)。古来、ボツリヌス症はソーセージや缶詰等の食品由来の所謂「毒素原性食中毒」として恐れられていたが、現在では乳児ボツリヌスの発生件数が増加している。

 

ボツリヌス抗毒素の国内導入の経緯

 国内で最初に患者の治療に抗毒素製剤が用いられたのは、北海道の「いずし」によるボツリヌスE型患者が発生した1959年(昭和34年)の事例である。飯田らの報告によると治療用E型抗毒素血清をカナダの大学教授から分与を受けている(8)。本製剤の治療効果が顕著にみられたことを報告しことにより、国内の抗毒素血清の製造にも拍車をかけたと思われる。我々の調査では、カナダのConnaught Laboratoriesでは1961年にE型単価、1969年にA、B及びE型3価のボツリヌスウマ抗毒素製剤がそれぞれ開発され、カナダ及びアメリカで多くの患者に使用されていた。日本においては国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)や、アカデミアのボツリヌス研究者の協力を得て、1961年にE型単価のボツリヌス抗毒素製剤が、また1972年にA、B、E及びF型の4価ボツリヌス抗毒素製剤が開発された。それ以降、両製剤は千葉県血清研究所から製造供給されてきたが、2001年の同研究所の閉鎖により製造技術はそのまま旧化学及血清療法研究所に承継された。E型単価の抗毒素は2009年から、多価の抗毒素は2012年から同所によって製造・供給されたが、2018年7月からは事業譲渡先の株式会社KMバイオロジクスへ承継されている。

 

ボツリヌス抗毒素の製造方法

 日本のボツリヌス抗毒素の製法概要を紹介する。ボツリヌス毒素のそれぞれの型につき、精製ボツリヌス毒素をホルマリンにより無毒化し、得られたトキソイドを用いてウマに頻回接種して高度に免疫を行う。ウマから血漿を採取し、免疫グロブリンを硫安分画で精製し、ペプシン消化によりF(ab’)2フラグメント化したものが各型の原液となる。E型単価の抗毒素ではE型の原液のみを用いて、多価の抗毒素ではA、B、E及びF型の原液を混合し凍結乾燥して製剤化している。日本で開発されたE型単価のボツリヌス抗毒素はE型抗毒素10,000単位を、多価の抗毒素はA、B及びE型それぞれ10,000単位及びF型抗毒素4,000単位を1バイアル中に含有するウマ免疫グロブリン製剤である。

 

 次回のコラムでは、国内で生産されたボツリヌス製剤の治療効果に関する調査結果について紹介する。

2021.10.15 髙橋 元秀

 

【引用文献一覧】

1.熊本日日新聞、家族4人がボツリヌス食中毒 山鹿市、白米か総菜原因か 2021年07月30日
https://kumanichi.com/articles/335668

2.ボツリヌス毒素による食中毒にご注意ください – 熊本市 8月2日更新
https://www.city.kumamoto.jp/hpkiji/pub/detail.aspx?c_id=5&type=top&id=36717

3.密封包装食品によるボツリヌス食中毒に注意しましょう 7月29日更新
https:// www.pref.kumamoto.jp/soshiki/30/104436.html

4.熊本県で発生した原因不明ボツリヌス症について IASR Vol. 34 p. 112-113: 2013年4月号
https://www.niid.go.jp/niid/ja/botulinum-m/botulinum-iasrd/3455-kj3984.html

5.古川真斗、徳岡英亮、高本芳寿ら、2012 年6 月,熊本県で発生した原因不明ボツリヌス症について
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11648687_po_3_2885_16_84344.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

6.Botulism. Centers for Disease Control and Prevention.
https://www.cdc.gov/botulism/definition.html

7.ボツリヌス症. 国立感染症研究所
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/7275-botulinum-intro.html

8.飯田広夫、唐島田隆、斎藤富保、最近北海道に発生した3例の「いずし」によるボトリヌスE型中毒例について
北海道立衛生研究所報 第12集 16-20, 1962